「電子政府」実現への死角
 
 平成13年3月に首相を本部長とするIT戦略本部で、「IT革命を推進し、我が国を世界最先端のIT社会とするため、5年以内に世界最高水準の高度情報通信ネットワークの形成を目指す」e-JAPAN重点計画が決定された。これを受けて、毎年、年度計画が策定され、政府予算に反映されている。平成14年度は、約2%増の約2兆円が高度情報通信ネットワーク社会の形成のために振り向けられている。
 これだけ、巨額の予算が充てられているにも関わらず、総務省の調査によれば、インターネット普及率の国際比較で日本は、前年の13位から14位に転落し(2000.12)、電子政府進捗度も先進23国中17位(アクセンチュア「電子政府進捗度調査」2002.4)にとどまっている。高度情報化社会の構築するために政府に計上された関連予算は、本来、最先端の技術革新を側面的に後押しするような分野に使われるべきであるが、現実には、既得権益に守られた「メインフレーム」に依存する旧来型システムの維持更新に使われ、乾いた砂にしみこむように浪費されている。予算の増額だけで、IT国家の実現は困難である。既存の制度を見直すとともに、最新の技術を活用した電子化が推進されるためのガバナンス構造の改革が必要である。
 
官庁主導の巨大電子ネットワーク
 今では、死語になったVAN(Value Added Network)全盛時代に設計された巨大ネットワークが、日本においては、基幹システムとして稼働を続けている。
 VANとは、その名の通り、ネットワーク自体が付加価値を有しており、情報の振り分けや加工を行う仕組みのことである。一台のホスト・コンピュータに多数の端末で構成されるパソコン通信のスタイルである。この仕組みでは、必然的に情報処理を一手に引き受けるホスト・コンピュータたる「メインフレーム」に負荷が集中し、高価な設備と特別なソフトウェアが必要となるため、ネットワーク自体の維持に莫大なコストと手間が必要になる。国鉄時代(1965)から続く「みどりの窓口」に使われている座席予約システム(MARS= Magnetic electronic Automatic Reservation System)を皮切りに、1977年の簡易保険システムの第一次オンライン、1978年の通関情報処理システム(NACCS=Nippon Automated Cargo Clearance System)、1988年の日銀ネット等がこれに該当する。社会保険庁基盤システム、郵便貯金システムなども同様である。
 この間1982年春に公衆電気通信法の大幅改正が行われ、電気通信の国家独占による直営原則が緩和され、事実上、オンラインネットワーク結合の自由化が認められることとなった。しかしかしながら、歴史的経緯もあり、日本ではこのような巨大電子ネットワークは、官庁主導で構築され、現在でもシステムの本流を占めている。
 
VAN型システムを支える「メインフレーム」の限界
 「メインフレーム」とは、要すれば、大型コンピュータのことである。パーソナル・コンピュータの能力が現在ほど高くなかった時代、コンピュータのメインCPUを収めたキャビネットを指してこのように表現されるたものである。
 近年では、保険会社や銀行という信頼性が高いシステムを構築する必要が高い民間企業も、UNIXやWINDOWといったOSを活用するオープンプラットフォーム型システムへ移行しはじめている。これは、メインフレームを活用したシステム構築を行う場合、オープンプラットフォーム型システムに比べて、開発期間・コストとも約10倍といわれるコストパフォーマンスの悪さが嫌われているためである。
 例えば、銀行の統合に伴い障害を起こした「みずほ」のシステム統合も、経営意思決定がスムーズに進まなかったという要因に加えて、単なるデータ交換作業であるにもかかわらず、複雑なメインフレーム間の接続であったという要因も大きい。
 政府でいえば、現在、輸出入港湾手続きに関して、税関、検疫、入管、港長等複数官庁にまたがり煩雑となっている手続きの電子化が進められている。利用者利便を向上させるため各府省のシステムの接続を行うというものである。こちらは開発期間を十分に確保しているため、システム障害が発生する恐れは少ないと考えられるが、メインフレームが混在する接続であるため問題も多い。具体的には、導入時期が新しい法務省が有する「入国管理システム」や国土交通省が有する「港湾EDIシステム」と、設計思想の古いメインフレーム型の「NACCS」の接続は、今の時代に固定長データしか扱えないため「貨物リスト」や「乗組員リスト」が一定量を超えると、分割送信しなければならない等の問題が生じている。また、コスト面でも、韓国の同様のシングルウィンドウシステム(PORT-MIS)は約20億円で構築されたが、日本では、NACCSだけで約900億円、また、関係官庁のシステム接続だけで約20億円が投じられる。コストパフォーマンスとしては、大変悪いと言わざるを得ない。
 以上のような背景事情が存在するため、メインフレームの世界市場規模は、1997年に120億米ドルを超えていたものが、2001年には、74億米ドルとおよそ6割の規模に縮小している。特に、1998年から2000年にかけて、米国では42%も縮小(Dataquest)したのに対して、日本ではこの間3%増加し、市場規模で見ても米国19億米ドルに対し、日本23億米ドル(2001年)と逆転してしまった。
 では、なぜ日本では、メインフレームからの転換が進まないのであろうか? 一つの理由は、諸外国に比べて、メインフレーム・ベンダ(メインフレーマ)の数が多く、ソフトウェアも含めれば、大きな収益源となっているビジネスをやめる理由がベンダー側にないからとも言われる。
 しかし、本問題の最大の要因は、メインフレームの最大のユーザーが、コスト意識に乏しい官公庁であることに起因している。 (社)電子情報技術産業協会(JEITA)によれば、2001年度日本国内での出荷規模は4,745億円であり、官公庁向けは、このうち1,895億円と約40%を占めている。オープン・システムのメリットを理解したとしても、あえてオープン移行へとは踏み切らないメカニズムが存在すると考えられる。
 
官公庁システムがオープンプラットフォームへ移行しにくい理由
 そこで、官公庁システムがオープンプラットフォームに移行しにくい理由を列挙すると、第一に、仮にオープンにしてシステムが止まってしまったら責任問題になりかねないという危惧が、コストより運営の安定性を求めるシステム担当部署にあること、第二に、旧電電公社時代から構築されているシステムを中心に、特定ベンダーと随意契約が続けられており、競争原理が働きにくいこと、第三にVAN型モデルは、情報処理利用料金を徴収することが前提という時代に構築されており、料金収入を前提に外郭団体が設立されているケースがあること、第四に、ケースによっては、官庁の外郭団体に員外定員を抱えており、外郭団体の改廃についての議論を惹起しかねない変更は好まないこと等の事情が存在する。
 例として、先ほどの輸出入関連手続きのコアシステムとなっている通関情報処理システム(NACCS)を見てみたい。これは、20年以上前の設計思想に基づくクローズドなシステムであり認可法人通関情報処理センターにより運営されている。 同センターは、NACCS特例法により、独占的な地位を与えられていることから使用料金・サービス水準に競争原理が働かない。さらに、同センターに対しては、大多数の職員の出向元である税関からシステム利用料として、多額の国費が投入されていたり、センターの心臓部であるシステム部のオフィスが受託企業のデータセンターに設置される等しており、旧態依然たるシステムを更新するインセンティブが働かない。結果として、特定事業者に偏って割高な随意契約を続ける原因となっている。
 以上のように、オープンプラットフォームシステムへ移行すれば、大幅にコストダウンを図れる可能性があるにもかかわらず、様々な既得権や制度的阻害要因がこれを妨げている。結局、紙で行えば無料の手続きでさえ、電子的に行うと国際的に割高な事務処理料を事業者は負担させられることとなる。そのため、民間事業者の代理人となっている商工会議所や米国政府等が、@同システムは何度も再入力求められる等使い勝手が悪いこと、Aシステムの利用料金が法外に高い(昨年度は、1社あたりの平均支払額は780万円程度で多い者は年間1億円を超えていた。)ことなどについて多数の苦情を寄せるという事態を招来している。
 
今後の改革の方向
 以上のように世界に冠たる電子国家を実現するには、予算の増額だけでは困難である。まず、最大の発注者である官公庁の情報システムの調達に関して市場原理を導入し、このようなシステムのコストパフォーマンスを改善することから始める必要がある。これに伴い、VAN時代とは異なるインターネット時代にふさわしい料金体系を導入すること。さらに、電子化の時代にふさわしいビジネスモデルや行政手続きを整備し、国全体としてをの恩恵に浴することができるようにするよう制度整備を急ぐ必要がある。
 先ほどの通関情報処理システムを例に説明すると、税関の事務本体は、法律で独占を保証された認可法人から国の直接の事務へ戻す。そして、マウスイヤーとも呼ばれる情報通信技術の進歩の早さに対応するため、システムの基本設計・運用は民間の委託(コンペ)で行うことにより、効率的な事務執行を可能にするべきである。また、本来、国が行う官民手続きについては、紙で行う申請等に比べて手数料を同等(無料)にし、民民手続きをサービスとして行っている部分については、市場原理を導入するため、民間へも開放するとともに、官民手続きと分離して課金するという対応が必要である。これにより、電子申請をする事業者に対して、大幅な料金の引き下げ、または無料化が可能となり、中小企業を含めた多くの関係者が電子ネットワークに加入できるようになる。結果として、電子国家の促進と物流の効率化等を通じた産業競争力強化が実現するものと思料される。世界の動きは早く、既に、韓国ではB2G, B2B双方を含むBPR調査に沿って制度を改善する一方、事業者には電子化を義務づけ、競争力で日本を凌駕している状況である。
 現在の日本には既得権益によって、最新の情報システムが導入されず、国全体として業務効率が改善が遅れているという現実がある。電子国家が絵に描いた餅にならないように、早急に国全体として業務効率が改善するよう既存の制度を見直すとともに、電子化を推進するためのガバナンス構造の改革を断行すべきである。

                                                                       

2002.10 泉田裕彦
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