情報通信政策・放送行政の今後の課題
通商産業研究所 泉田 裕彦

1. 現状
 一言で情報通信政策・放送行政といっても内容的には多様なものを含んでいる。大別すれば、@情報化のための共通ルール・基盤を策定すること、A電波等の資源が有限なために、政府が調整するメカニズムを定めるもの(割当、料金規制)、B技術開発の促進、普及促進、実験事業の実施に関すること、C情報通信産業の振興政策として実施するものが挙げられる。以下において、それぞれ概観する。
 (1)情報化のためのルール・基盤策定
 情報通信の高度化に伴い発生する反社会的な情報流通、プライバシーの侵害、ネットワーク犯罪、地域間や個人間での情報格差等、新たな社会問題への対応や流通するコンテンツ等が伝達と複製の容易さというこれまでにない特性を持っていることから、権利の保護と新たな投資のインセンティブを如何に確保するかという課題との間で調整が必要となっている。これらは、市場メカニズムに任せておけば自然に解決するというものではなく、何らかのルールを早急に構築していく必要がある。
 郵政省では、「電子商取引の普及、認証制度の確立、セキュリティ対策、暗号政策の確立、プライバシー保護等を図るため、関係省庁が連携して「サイバー法」(高度情報通信社会を実現するための環境整備に関する法律)の可能性の検討」を行っている。
 一方、通商産業省では、デジタルコンテンツの流通・保護の在り方、電子商取引、情報化人材の育成、データベース保護等について検討を進めているところである。
 
 (2)政府による市場介入等
 電気事業・ガス・水道事業のようないわゆる「自然独占事業」に対して、政府は、資源配分の効率性を高めるため、直接的に市場に介入している。電波の割当(放送、電気通信事業の免許制)は、この観点から合理化されるものである。ただし、現在では、政府が市場に直接介入を行った場合、「政府の失敗」が高い頻度で生じることが認識されている。
 「政府の失敗」を避けるためには、このような介入等に市場原理を導入することが必要である。経済政策としては、民間のコーディネーション・制度がより良く機能するように、市場機能促進的なものを(例:オークション制の導入等)実施していく必要がある。
 なお、有線テレビジョン放送法のように「施設の設置及び業務の運営を適正ならしめることによつて、受信者の利益を保護し、有線テレビジョン放送の健全な発達を図る」ことを目的とする法律、有線電気通信法のように「有線電気通信設備の設置及び使用を規律し、有線電気通信に関る秩序を確立すること」を目的とする法律等政府が市場介入を行う趣旨が不明確なものも現存している。
 
 (3)技術開発の促進等
 技術開発においては、しばしば、スピルオーバー(外部経済)の問題が発生する。これに対しては、知的所有権制度の整備・保護を含めて政府が政策的に関与していく必要があることは、言うまでもないが、保護の対象にならないものの価値ある知識等の外部経済が発生することは、避けがたい側面がある。このため政府が、技術開発を支援することは合理的な方策と考えられている。現状において、技術開発の促進、技術の普及促進等に関する政策としては、特定公共電気通信システム開発関連技術に関する研究開発の推進に関する法律(平成十年五月六日法律第五十三号)、地域ソフトウェア供給力開発事業推進臨時措置法(平成元年六月二十八日法律第六十号)等が指摘できる。
 
 (4)情報通信産業の振興政策
 情報通産産業の振興のような個別産業の振興を政府が行う理由は、市場による資源配分機能が有効に機能しないため、これを政府が直接的に補完する場合に該当すると考えられる。また、個別産業振興政策を世界経済厚生の最大化を考慮せずに自国の経済厚生を高める産業政策として正当化する理論として幼稚産業保護論もある。
 現在、情報通信産業の振興政策として実施しているものとしては、情報処理の促進に関する法律(昭和四十五年五月二十二日法律第九十号)、放送番組素材利用促進事業の推進に関する臨時措置法(平成六年六月十七日法律第三十六号)等が挙げられる。 
 
2.変化の胎動
 これまでの経緯
 「マルチメディア」が未来のビジネスとして有望と考えられるようになってから既に20年ほど経過している。
 1980年代前半、アメリカ電信電話株式会社(AT&T)がテレビ電話やビデオテックスを開発して家庭において実験を行い、日本でも電信電話公社のINS(高度情報通信システム)の実験が大々的に行われたものの、失敗に終わっている。
 ブームの第二波は、1990年代前半、「マルチメディア」という言葉が生まれた時代である。この当時は、企業に入った「パソコン」という情報機器が、「ビデオ・オン・ディマンド」によって家庭にも普及すると考えられた。この時も多くのシステムが開発され実験されたものの、失敗に終わっている。
 
 失敗の教訓
 これまでの「マルチメディア」が失敗した原因は主に次の3点に要約されると考えられる。
 @中央集権的な配信方式の限界
 ビデオ情報は、極めて大きな伝送能力を必要とするため、従来型の電話局や放送局をモデルとした集権的な供給構造では、配信コストが高くなり、費用・便益がマッチしない。
 A免許行政の弊害
 日本の放送行政は、結果的に既存の放送局の利益を擁護する仕組みとなっている。また、CATVや放送衛星・通信衛星を用いた新規参入者に必要以上の規制を実施して、産業そのものの競争力を削いでいる側面がある。
 Bコンテンツの供給不足
 既存放送事業者中心の行政制度が維持されてきたため、民放が製作プロダクションを安価な労働力の供給源として「使い捨て」することとなり、ハリウッドのスタジオのような独自の製作能力を持つコンテンツ産業が育たなかった。
 
 近年の状況
 現在は、「情報家電」という概念が生まれ、第三の「マルチメディア」ブームが到来しようとしている。そこで、今回のブームを検証してみる。
 (1)デジタル化の進展
 電話回線は、これまでのアナログ方式に比べれば大容量の通信が可能なISDNが実用化した。携帯、PHS回線もデジタルとなっている。また、各企業、家庭まで光ファイバーケーブルを敷設可能とするFTTH計画が前倒しで進められている。その中間段階では、制度的にはユニバーサルサービスの達成に難があるものの、ADSL等の高速回線の普及が期待される。
 放送分野は、衛星放送の一部(CS)が既にデジタル化しており、次期放送衛星のデジタル化も決定した。地上デジタル放送も今後急速に普及することが予想される。CATVも単なる放送としての機能に加えて、通信経路(特に情報通信)としての機能が期待されており、デジタル化の方向となっている。
 現在、携帯電話の周波数割り当てが困難を極めており、TVの周波数帯を変更する必要に迫られている。この場合、何れにせよ新たな放送設備を整備する必要があるが、新規の投資を行う場合は地上波放送もデジタルを選択せざるを得なくなるという事情もあり、地上波デジタル放送への移行が既定路線となっている。
 また、パソコンは普及と機能向上が進み、オフィスから家庭に広がる中で、単なる計算機から情報機器へその実質的役割を変えつつある。情報処理速度の向上により、フルカラーの動画を標準の機能でサポートできるようになってきている。このような中ISP(Internet Service Provider)は、電話会社、パソコン通信会社、電機メーカー、CATV会社等を巻き込みながら激しいサービス競争を繰り広げている。
 
 (2)今後の情報通信産業
 「放送」という観点で考えるとデジタル化の進展は、地上波放送設備、衛星、高周波ケーブル、光ファイバーといった放送設備を保有する放送事業者と番組を製作・供給する放送事業者に2分化していき、通信基盤施設の保有事業者よりコンテンツ供給事業者の比重が高くなっていくことが想定される。(表1)
 
 (表1) 情報通信分野の市場構造見通し(郵政省:平成10年通信白書から)
 
  
 既に米国で製作されているCNN、Discovery Channel、Cartoon Network等は、衛星やCATV等様々なルートで配信されている。現在は、衛星放送を受信するには、BS放送受信には専用のチュナーが必要であり、デジタルCS放送を受信するには放送局毎に専用のチューナーが必要になる。更にCATVに加入する場合には、別のコンバーターが必要である。同じBSでも、ハイビジョンとなるまた別の装置が必要である。
 受信サイドで、これだけ雑多の装置を準備することは非効率であるし、現実的ではない。何れ共通のプラットフォームでコンテンツを配信する仕組みが必要になると考えられている。デジタル化が進展すれば、共通のセットトップボックス一つで受信側で伝送経路を意識しないで、コンテンツの配信を受けることも可能となる。電話も映像もデーターを区別しないで、IP(Internet Protocol)に乗せることが効率的であろう。その際には、有線・無線を区別する合理性もなくなると考えられる。
 なお、前述のように地上波デジタル放送の進展が不可避であることは、共通のプラットフォームを作る必要性を高くしている。というのは、地上波デジタル放送をユニバーサルサービス化するには、多くの中継設備が必要となり、これだけで1〜2兆円程度必要となると考えられている。これは、難視聴地域を解消するための設備投資が大きく影響しているためであり、放送設備の一部を光ファイバーによる配信で補うことにより相当程度設備投資が圧縮できる。
 以上のように、技術革新が通信・放送の概念を相対化させている。また、技術的にも、以前の2回のブームに比して今回は、相当程度期が熟していると考えらる。ただし、「失敗の教訓」で記したように、技術的条件は熟してきていると考えられるものの、制度的対応が行われない場合は、今回も単なるブームで集結する可能性は否定できない。
 
3.今後望まれる政策展開
 情報通信政策を含め、市場経済活動における政府の役割についての従前の理解は、政府を市場(注)を超越する存在として定義し、「市場の失敗」を補正するため政府が市場に介入する必要があるとのみ捉えることが一般的であった。
(注)ここでは、市場を「価格」のみに依存する資源配分の場として狭義に定義する。
 しかるに、政府も人間行動の限定合理性の影響を受け、それ自体の行動原理を持つ組織の一つであり、政策に対応する市場参加者の行動を事前に完全に予見することは困難である。近年の情報通信技術の急速な革新及び経済のグローバル化は、市場の情報量・内容の多様性を急激に増大させている。そのため、政府を含めたそれぞれの経済主体が保有・処理できる情報は、市場経済がシステムとして保有・処理する情報に比して限定されたものとなっている。
 特に日本経済について考察すると、経済社会全般がフロントランナー化しており、不確実性が増大している。政府は、従前のように、モデルとすべき先進国の事例を調査しこれを考慮した上で政策実施するという政策手法を採用することが困難になりつつある。
 
 政府の失敗
 近年の経済学は、これらの様々な制約のため「政府の失敗」が生じる得ることを明らかにしつつある。換言すれば、政府が市場とは別の中立的仲裁者として「市場の失敗」を補正し得るという考え方は、現実には必ずしもうまく機能しないと広く認識されるようになってきた。
 この「政府の失敗」は、市場が存在しない形の「市場の失敗」(例1)に対応して政府が資源配分を行う場合であろうと、市場による資源配分機能が有効に機能しないため、これを政府が直接的に補完する場合(例2)であろうと同じように生じ得るものである。
 (例1)公共財の提供、経済安全保障等の公共サービスの提供、国有事業等
 (例2)自然独占企業(電波割当等)に対する免許制、公害規制、技術開発等
 このような「政府の失敗」を回避し、資源の効率的配分を実現するためには、政府の役割を「市場の失敗」の直接的補正から市場機能が有効に機能するような条件整備を行うことに重心を変化させていく必要がある。
 この際、政府も自らのインセンティブをもって行動し、市場原理に支配されるもの乃至は市場経済の一部を構成するものとして捉えられるべきであり、政府の活動が経済全体の効率性を高める方向に機能するような社会システムを構築する必要がある。また、日本のように高度に成熟し、複雑化した市場経済下において求められる政府の役割は、従前に比べて低下してきているという事実を政府においても認識することが肝要である。
 
 情報通信政策
 ここで前述の一般論を踏まえ情報通信政策を今後如何に展開して行くべきかについて検討したい。情報通信政策は、冒頭に示したように大きく4分類される。
@情報化のための共通ルール・基盤を策定すること、A電波等の資源が有限なために、政府が調整するメカニズムを定めるもの(割当、料金規制)、B技術開発の促進、普及促進、実験事業の実施に関すること、C情報通信産業の振興政策として実施するもの
 このうち@、Bの機能は今後とも重要な情報通信政策であると考えられるが、これまで見てきた状況の変化から、A、Cについては、見直しが必要になってくると考えられる。
 
 まず、A(政府の市場介入)について考える。デジタル化の進展により、通信と放送の境界が曖昧になると共に、特に放送については、電波資源の希少性がなくなることが予想される。従って、現在免許制を規定している放送法等は見直し、放送施設事業者のみの規制で十分となる。また、コンテンツのデジタル化が進む中で、NTTのFTTHが実現した場合には、NTT、有線放送事業者が直接的に競合することとなる。さらに、各企業及び家庭への通信手段は、有線の他に、無線(携帯、PHS、衛星電話)等多様化が進むことが予想される。通信インフラが自然独占的であることを前提とした電気通信事業法の存在意義は理念的には大幅に減少することとなる。早急に、市場原理が有効に機能するように規制緩和が図られる必要がある。
 特に過去数年最大の通信政策の重要テーマであったNTTの分割問題が東西地域会社と長距離会社という形で分割されたことは、政治的妥協の産物であったとしても不完全なものと言わざるを得ない。地域会社は地域独占を維持することとなるためである。
 次にC(情報通信の振興策)についてだが、情報通信産業の振興策として、政府が直接関与する(準)公共事業方式は、非効率が発生する可能性が高く、問題が多い。公共事業は、公園や道路のように排除不可能性があり、市場が成立しない場合に政府が財を供給するものとして実施されるべきものである。しかるに情報通信インフラは、フリーライダーを容易に閉め出すことが可能であり、また、本来競争により、よりよいサービスを提供しうるものであり、競合性も高いものである。道路や港湾、農業基盤整備にかわり通信政策として大型の公共投資が必要という認識は、直ちに改める必要がある。市町村役場と学校、医療機関、図書館などの公共施設を光ファイバー網で結ぶため、自治体が単独で進めている回線基盤整備を支援する合理的理由もない。ネットワークは、どこでもつながるから意味があるのであって、地方自治体が独自に整備する意義が認められない。
 実際、情報先進国の米国では、当初情報ハイウェーの構築には莫大な公共投資が必要と考えていたが、その後自由競争を導入することに方針転換し、民間事業者が大容量の回線を提供している。日本では、規制緩和として、地域と長距離電話会社の相互参入許可、CATVの電話事業参入許可(逆も可)、電子商取引などの促進税制導入や地下管路や電柱の利用を促進するため、NTT, 東京電力、JR, 高速道路など通信事業に解放を義務づける等自由競争の環境整備を図ることこそが現在最も必要とされている。政府主導で産業振興を推進する政策からは、早急に撤退することが望ましい。
 
 放送行政
 最後に、通信と情報の融合化、情報発信者の独占的地位の崩壊を前提として、どこまで、行政が放送(通信?)に関与すべきかが問題になる。この点について概観したい。
 独占事業体であれば、公的関与が必要であるが、今後、コンテンツと施設保有事業者の分離が進むこととなる場合、憲法に保証された言論の自由の観点からも行政の関与は、原則的に廃止する必要があるのではないか。
 現在でも、放送法第3条は、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、または規律されることがない。」と規定し、郵政省でも法的裏付けがなければ、注文を付けられないのが建前となっている。
 報道内容が事実に反し、名誉毀損や営業妨害にあたるとされても、取材が軽率でなく信頼に足るという理由があれば免責されるのが判例の流れとなっている。
 にもかかわらず、現実には、政府による報道に対する介入が時折行われている。
 無論、第四権力と呼ばれるマスメディアの影響力を考慮すれば「放送法第三条の二」の規定の精神は重要であるものの、情報通信技術の発達により、情報発信が容易に可能になり、放送事業者の独占的情報発信体制が崩れた場合は、同法の精神は、名誉毀損、業務妨害といった刑法の一般的保護規定や私法上の損害賠償請求権で十分実現可能になり、特別立法の必要性は希薄になってくると考えられる。事実、米国では、放送法の「公平原則」を、活字メディアにない規制を放送事業者だけなぜ受けるのかという議論の末、80年代にこの規制を廃止している。
第三条の二 放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定
 めるところによらなければならない。
 一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
 二 政治的に公平であること。
 三 報道は事実をまげないですること。
 四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らか
  にすること。
 
 飛躍的に一般刑事・民事ルールに移行しないまでも、数えることが困難であるほど規制立法を設ける必要はなく、通信放送についての原理原則のみ定めた「一般情報通信法」に各種規制等を集約していくという努力が求められるのではないか。独占を前提として、制約を受けていた憲法上認められる「表現の自由」の保証は、重要な政策課題である。また、自由競争環境を整備することは、日本のコンテンツ産業の発展にとっても、極めて重要であり、誤りのない政策選択が求められる。
 
 参考文献
通産ジャーナル1998年10月号 通商産業調査会 「情報家電とマルチメディア」国際大学グローバルコミュニケーションセンター助教授 池田信夫
 
通商産業研究所 Discussion Paper #98-DOJ-89 「経済政策の新たな展開」(1998.4) 一柳良雄、細谷祐二
 
「日本の産業政策」 東京大学出版会 小宮隆太郎、奥野(藤原)正寛、鈴村興太郎編
 
「経済システムの比較制度分析」 東京大学出版会 青木昌彦、奥野(藤原)正寛
 
「平成10年度通信白書」 郵政省
 
「公共経済の理論」 有斐閣 井堀利宏

 
    1999 地球産業文化研究所報告書 に掲載 

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