2005.10.16掲載 朝日新聞 私の視点
〜 中越地震から一年 復興支援策は地元の裁量で 〜
23日に史上2度目の震度7を記録した中越大震災から1年を迎える。この間、全国の皆さんから、心温まる、たくさんのご支援をいただいた。この場を借りて、感謝を申し上げたい。
また、国からも阪神大震災並みの支援をいただけた。しかし、1年の経験を通じ、課題も認識させられた。将来起こりえる大災害の被災者のために、災害対策の基本的な考え方に対して一つ提案をしたい。
災害による被害は時代、気候などにより毎回異なる。例えば震災にも、阪神のような大都市型もあれば、中越のような中山間地型もある。復旧方法を事前に定め「全国一律」という枠組みにはめようとするには、最初から無理があると思う。
中越の被災地では、今も9千人余が仮設住宅に暮らす。うち2割の人は住宅確保のめどがまだ立たない。
豪雪地帯の中越では冬季は復旧工事ができない。とくに地震直後の昨冬は19年ぶりの大雪になり、雪解けは5月にずれ込んだ。地震で被災した住宅が、雪の重みで倒壊したケースも多発した。雪解け後に復旧作業も本格化したが、集落までの道路工事が終わらないため、自宅に戻るかどうか判断できない被災者も多い。
今の制度は、「壊れたものを、元に戻す」という原形復旧を原則に、国が査定することになっている。
中越では、山間部で土砂崩れが数多く発生した。山ごとなくなった道路を全部元通りに直すのがいいのか。原形復旧にこだわらず、「被災後の形状などによって、再建を考えたほうが、住民に良い生活環境を整えられるのではないだろうか」と思うことも、たびたびあった。
国は被害総額に応じて資金提供し、復旧作業や生活再建の方法は、被災者の実情を一番よく知る地元自治体の裁量に任せるというのが、最も効率的な復興策ではないかと思う。国が一律に復旧方法を定めるのではなく、保険の役割を果たすべきではないかと考える。
また、国の被災者生活再建支援制度の使いにくさは、相変わらずで、被災者の嘆きが絶えない。
県制度は、限度額が100万円だが、支給要件を弾力化し、総支給額は60億円を超えている。一方、限度額300万円の国制度のそれは、12億円にとどまっている。これでは、生活再建のための制度というよりは、まるで、国庫負担を回避する制度のようだ。
昨年末にスマトラ沖地震・大津波があり、政府は500億円規模の援助を決めた。相手国の政情が不安定でも使途を縛らずに渡す。一方で、国内では、議会があり、地元有権者が選んだ首長がいる県市町村にまで使い道を細かく規定する。
中越では、国の制度の適用を受けるための所得証明や年齢証明を求める被災者で、役所の窓口が大混雑するという光景が見られた。これでは、職員は被災者のケアやニーズの把握に十分な時間を割けない。加えて国庫補助の書類づくりなどに追われる。公務員は無限の事務処理能力をもっているわけではない。
災害時には、中央集権の問題点が特に顕在化すると感じた。もっと自治体を信頼して分権を進め、職員が被災者のためにあてる時間を増やせないものだろうか。災害列島日本では、いつ、どこを、大災害が襲うか分からない。将来の被災者の負担を小さくするため、災害の種類によらず、地域に即した効果的な復旧が行える制度を構築しておくべきである。