「ひと」に着目した生活再建支援の制度を
新潟県知事 泉田裕彦 2007.10.7 毎日新聞発言席掲載
自然災害で住宅などの生活基盤に被害を受けた被災者の生活再建を支援する制度として「被災者生活再建支援法」(以下「支援法」という)がある。しかしながら、この制度は、二度の大地震など度重なる自然災害からの復旧・復興に取り組む現場からみると極めて問題が多い。
まず、被災者の生活再建を支援する制度でありながら、制度の考え方は生活者である「ひと」ではなく、建物などの「物」に着目している。つまり「どれだけ壊れたか」によって、「どれだけ支援されるか」が決まる。この尺度の中には、被災者個々の状況など考慮されない。例えば住宅が全壊しても自力で再建できる資力をお持ちの方もあれば、壁や屋根の一部が壊れただけでも、その修復が困難な年金生活者や災害弱者の方もおられる。
災害からの復興は、公助、共助、自助の組合せが重要だが、公助が必要なのに支援が届かず、もう少し自助が必要な人に支援が行くケースが様々に生じる。例えば、老夫婦が、年金生活の足しにするため、退職金を全部つぎ込み、ローンも組んだうえで建設したアパートが全壊した。明日からの生活に困るのに、貸家は商売だからということで救済の対象にはならない。一方で、まだ完全に引越しが終っていない中で住民票は移していた大学生は、被災した生活者ということで支援の対象となり、義捐金と合わせて数百万円の支援をもらい喜んで親元に帰ったということが起きる。また、震災で職を失う等して所得が無くなったのに前年の所得を基準に支給制限を受けたりもする。
このような事例は、いずれも現行の支援法が生活再建を支援する基準を建物などの「物」におき、壊れ方だけで一律に支援策を決めていることから生じている。本当に、気の毒な人が生活再建できるように家族関係や資産状況等も含めた「ひと」に着目して支援すべきではないか。
再建すべき生活にも地域差が大きい。都市部のサラリーマンは家を確保して職場に復帰できれば、一応の再建になるかも知れない。一方、中山間地での生活は、棚田を耕し、牛や鯉を育て、それぞれの作業を通じて地域社会とつながっている。円滑な作業のため親子三代同居し、農舎兼住宅あるいは店舗兼住宅が必要という暮らしがある。こういう方々が、再建しようとしても、使途制限や大家族でも一世帯として扱って所得制限をされる。これでは、多くの人が生活を再建する事が困難になる。結局は、これらの人の生活を支えるための公共負担が増加することにもなる。
生活再建にあたって着目すべきは「ひと」である。全国一律に共通の基準を当てはめるという手法には無理がある。本来、真に支援が必要な人を判断すべき現場の窓口が、なぜ支援の対象にならないのか説明する係りになり、被災者の支援をすべき人員が国の補助制度を申請するための書類作りに忙殺される。現場の状況を理解し判断できる自治体に裁量を持たせて欲しい。
さらに、全国一律基準で支援する制度の下では、支援総額が膨大になるという危険もある。個々人の事情に応じて低コストで効果的な対応を図る場合と比べて、住宅本体への使途制限をするなどして自立再建ができない人を増やして一戸あたり二千五百〜三千万円もする公営住宅を多く建設する場合と、総額としての行政コストとしてどちらの負担が大きいかは、自ずと明らかであろう。
支援法は今国会で審議されるが、「物」ではなく「ひと」に着目し、地方が主体的に運用できるような制度の改正と、今まさに生活再建途上にある能登半島地震や中越沖地震等の被災者にも現在進行形の事象として新制度が適用されることを切に望みたい。