読売新聞「論点」 20071031日 水曜日 掲載
地震・原発 複合災害 指示権限 不明確な現行法


 世界最大級の東京電力柏崎刈羽原子力発電所が被災した7月の新潟・中越沖地震。変圧器から吹き上がる黒煙の映像が、被災地域のみならず、世界を不安に陥れた。原発立地地域の住民が、原発と安心して向き合うためには多くの課題がある。
 その一つは、原子力災害対策特別措置法(原災法)は、大地震のような自然災害と原子力災害が、並行して起こる「複合災害」を想定していないことだ。
 地震発生後、テレビは原発3号機の変圧器から黒煙が上がる異常事態を映し出していたが、現在の制度では、国から自治体や住民に情報を伝える仕組みはない。原発の外部から発電所の内部で何が起きているか判断することは困難であり、災害時に要援護者を含む住民を避難させるには時間が必要である。
 中越沖地震で県は、原子力安全・保安院に住民避難の必要性について判断を仰いだ。回答が得られたのは、地震発生から1時間半後。「避難の必要はなし」との内容だったが、地震で原発に被害が出た場合、国や電気事業者が、地元住民にどうやって情報を伝達するか、しっかりした法体系を整備する必要であると強く感じた。さらに、現行法体系では、地震などの自然災害では、住民への避難指示は自治体に権限があるが、原子力災害の場合には権限はない。専門性が高いという理由で原災法に基づき、原則として首相が指示することになっている。複合災害が発生した場合を想定すれば、首相、知事、市町村長の誰かが危険を認識した場合に避難指示を出すという考え方も必要だと思う。
 今回の地震では、3号機の変圧器が火災で機能停止した。最悪の場合、冷却水の循環ポンプが停止し、熱暴走を起こす可能性もあっただろう。しかしながら、今回は放射能漏れがわずかだったため、大量の放射能漏れに発動される原災法は適用されず、被災した原発から住民を守る仕組みがないという由々しき事態が出現したのである。
 この経験から、現行法の運用改善にとどまらず、法改正の必要性を訴えたい。少なくとも、原災法で複合災害を想定するとともに、避難指示は自治体にも権限を付与すべきと思う。2年前、原発事故を想定した国と地元自治体との訓練に参加した。その時も、トラブルの発生から官邸から避難指示が出されるまで2時間半を要した。東京に情報を上げて判断を待つのでは間に合わない可能性がある。課題は法改正だけではない。現在、国は原発を運営する電気事業者に対し、〈1〉事実報告〈2〉自治体など関係機関への連絡〈3〉危険性の判断
――を求めている。
 トラブル隠しやデータの改ざんなど、度重なる不祥事で信頼を失っている事業者に、ここまで求めるのは疑問を感じる。原子力行政が住民から信頼を得るには、関係者の役割分担が必要だと思う。本来、事業者がすべきことは、事実を迅速かつ的確に公表することだ。そして、公表された事実(情報)を基に、国や自治体が危険性や避難の判断を行うという役割分担が望ましいと思う。そのためには、専門知識を持つ国や電気事業者には
原子力村だけで通じる言葉ではなく、国民にわかりやすく説明することを求めたい。
 中越沖地震では、想定を大幅に超えた揺れが原発を襲った。そもそもの想定に甘さがあったことも指摘せねばならない
。政府が信頼されるためには、原発の安全性と地域住民の安心を確保することを大前提としているという明確な姿勢を示す必要がある。

新潟県知事 泉田裕彦
 資源エネルギー庁石油部精製課長補佐、国土交通省貨物流通システム高度化推進調整官などを経て、04年10月から現職。45歳。


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